CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28      
<< February 2010 >>
SPONSORED LINKS
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
アマゾン
人気ブログランキング
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
読書や勉強したこと、思ったことをまとめたり紹介したりしつつ、労働や貨幣などにかんする問題に言及したいと思っています。
<< 経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか | main | ニート主義者宣言 (はじめに) >>
誰もいない椅子
 「・・・支配階級は支配することを絶対に止めない。彼らを下ろして、私たちが代わりに座るのではなく誰も座らせないために、、下ろす必要がある。座そのものを無くすために、下ろす必要がある」

アルベルト=ノーラン「Pの社会闘争と敵への愛」『二十一世紀を変革する人々』(ホセ・マリア・ビジル編)、p.130

これは,「解放の神学」という立場に立つ人物による言葉です。私は、解放の神学とは、この世界に富める者による支配や貧しいものの苦しみや、支配階級による抑圧があることはキリスト者のある考え方から見て不正であり、それをこの世界において正そうとする考え方だと捉えています。ちなみにここで言うPとは、Option for Poor:貧しい人の側に立つこと)という意味です。(前掲書、p.7)

解放の神学は水と油とも思える(マルクス主義としては宗教は現実から目を背けるアヘンであるらしいから)、キリスト教徒マルクス主義が接近する1地点でもあります。解放の神学はかなり政治的でもある概念である以上、社会を分析することが必要です。しかも貧しいもの「小さくされたもの」の視点から。そこにマルクスの出番があるわけです。(主役は労働者なのだから)。

話題変換。私たちは確かに今の支配者を倒して、自分こそがと思ってしまう傾向にあるのかもしれません。そのような中で、誰も支配者の座につかないために現在の支配者を下ろすというのは大切なことのように思われます。誰も権力を持たない、マルクス主義よりアナキズム(政府を廃止し、誰もが自由な社会を)と思ってしまいそうですが、「神もなく主人もなく」というアナキズム関連の本がありましたから、あまり変な想像をするのはよしておきましょう。
| かっこいい言葉とそれほどでもないコメント | 21:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









http://goncc.jugem.jp/trackback/6